あれからもう、12年も経ってしまったんですね。
2万2千人の犠牲者を出した東日本大震災。
3月11日は、今を生きる人たちが、東日本大震災のすべての犠牲者に心を寄せる「鎮魂の日」です。
遺族の方たちにとっては、まさに12年前のその日から、時間が止まってしまった、悲しみと苦難の道であったと思います。
今年も、東日本大震災に関するドキュメンタリー番組が数多くありました。
風化させてはいけない。少しでも何かお役に立ちたい。遺族の方達に寄り添いたいという思いで、見させていただきました。
その中で、NHKスペシャル、海辺にあった町病院の患者・職員64人が犠牲、医師や看護師の命とは、震災12年語らない思い、
亡き人への鎮魂歌、という長いタイトルの番組を見させていただきました。
その悲劇の病院の名前は、石巻の海辺にある雄勝病院と言います。
同じ医療従事者ということで、医療の使命と命というテーマに、とても深く考えさせられました。
生き残った人たち、あの日、たまたま非番であった人であるとか、訪問看護に出かけて助かった人たちとか、生き残った人が、
今の心情を、語ってくれていました。辛い思いをして、よくぞ語ってくれたと思います。
特に、現在二児の母で、当時、20だった女性の実の母が、雄勝病院の看護師で、非番にもかかわらず駆けつけて、亡くなられたという事実。
当時は、医療従事者が患者さんを見棄てず、共に命を捨てるという行為は、自分も当時、看護師として、当然の行為と思っていたけれど、今は二児の母として
子供を持つ身になり、自分のお母さんには生きていて欲しかったと。自分は、子供のために逃げますという、言葉を涙ながらに語ってくれました。
医療従事者が、命を捨てて患者さんを守るという状況を作ってはいけないと思いました。
雄勝病院は、海辺にありました。海辺にそもそも病院を作ってはいけないですよ。
そして、高齢者の方達の介護の病院になっておりました。
高齢者の方達を助けるために、多くの医療従事者たちが殉職されました。
トルコでも大地震が起こり、5万人以上の方々がお亡くなりになりました。
行政が耐震性が弱い建築基準を承認して、結果的には人災とも呼べるような被害が出ました。
関西は、南海トラフとが今後、10年以内に起きると予想されております。
雄勝病院のような悲劇を、二度と起してはならないと思います。
一刻も早い、災害に強い態勢を準備しなければならないと、今回のドキュメンタリーをみて、改めて実感しました。
災害の強い訪問看護ステーションのあを、これから目指していきます。
利用者さんと共に、南海トラフに備えていきたいと思いました。
患者さんの命を守るために、尊い犠牲を払われた、雄勝病院の医師、看護師、職員の方達に、心から哀悼の気持ちを捧げたいと思います。